アクション映画の良心1

 スタローン、と言うと、ムキムキのステロイド俳優とのイメージが強いが、私は彼を天性の脚本家として高く評価している。原語版を知っている人ならわかっていると思うが、彼は、寡黙なのではなく、じつはふだんからしゃべれないのだ。声がとんでもなく低いうえに、もともと発語障害がある。だから、彼のセリフは、ドスの利いた単語の決め言葉しかない。

 だから、彼は、ふつうの映画に出ても絶対に成功しない。『ロッキー』のように、自分で自分の作品の脚本を手がけて、セリフ無しで作品を成り立たせるしかない。しかし、このことは、ハリウッド映画の世界では驚異的なことだ。というのも、ハリウッド映画の脚本は、台詞のダイアローグ(会話)で成り立っているから。

 『ランボー』(2008)は、ランボーシリーズの4ということになっている。しかし、地上波で流されることはないだろう。初っぱなから画面は血まみれで、手足や首がぶっちぎれて吹き飛ぶからだ。

 最初の『ファースト・ブラッド』(ランボー1、1982)は、巧妙で、度派手なアクションのわりに、死者は、自分でヘリコプターから落ちた警官一人だけ。殺人マシーンと言われながら、ランボーはだれも殺そうとしていない。そして、ランボーのセリフも、ほとんどない。原作から脚本へのアダプテイションがみごとだ。

 だから、『ランボー』でも、やればできた。しかし、スタローンはやらなかった。ライヴァルと言われた短足のシュワルツェネッガー帰化してカリフォルニア州知事になってヘラヘラと笑顔を振りまいているというのに、スタローンは、1993年の『クリフハンガー』以降、ロクな作品がない。カメオだの、ダメアニメの声出演だの。もともと、しゃべれない彼には、ムリなのだ。