先に生まれただけ

 社会の閉塞が言われて久しい。私がテレビで報道の仕事をしているころからだ。まだバブルの時代。しかし、バブルそのものが、閉塞から出口を求めて、ありもしない未来へ、ありもしない夢をふくらました結果だった。

 そして、バブル以後、この閉塞を開放することなく、そのまま日本は沈没し始めた。中枢の既得権を維持するために、若年層の就業機会さえも奪ってしまっているのだから、いずれ劇的に社会も経済も破綻する。

 正直なところ、この暗澹たる状況を前に、学生たちに、どう夢を持てと言ったものか、途方に暮れる。就職口なんて、無い。就職できたところで、会社なんて当てにならない。先に生まれた側で、辛うじて「先生」と呼ばれ、口に糊しているが、上の世代ほど、体制の恩恵に預かっているわけでもない。だから、だれかを、なんとかしてやることもできない。せいぜい学生たちに、夢が持てなくても絶望はするな、と諭すことしかできない。

 根幹がゆがんでしまった以上、リフォームではなく、更地にしてゼロから建て直さないとムリだ。しかし、そのゆがんだ中枢の方々は、そんなことは絶対にさせない、そんなことをしたら自分の立場がなくなってしまう、と思っている。きっと、幕末も、戦争も、こんな風にだらだらと降伏を先送りして、この国は、ムダに多くの人々の人生を失わさせ続けたのだと思う。

 どんな時代もいずれ終わる。とはいえ、いかに正論であっても、むりに終わらそうとすれば、なりふりかまわぬ連中の抵抗の矢面に立たさせるだけ。短気を起こさず、地歩を固め、明日の朝を微笑んで待ち続ける度量を持たなければならない。なんとも面倒な時代だ。