ライヴ芸としての落語・漫才

 テレビで落語や漫才って減ったねぇ。芸人ったって、芸のない連中ばっか。一方、芸術協会とか、M1とか、たしかに芸としての完成度は高いけれど、これまたやはり変。落語や漫才って、完成度が人に見えるようじゃ失敗じゃないのだろうか。

 たとえば、綱渡り芸人が、危なげもなく渡りきって、なにがおもしろいよ。プロの芸人なら、いまにも落ちそう、あ、っと、観客の息を飲ませて、引き込んでこそ、芸というもの。もちろん落ちそうになるのも芸のうちなのだが、毎回、同じところで落ちそうになるのでは、つまり、ほら落ちそうになるぞ、ほらやっぱり大丈夫、では、芸にならない。毎度毎度のアドリヴでありながら、それを芸としてやり遂げるところに魅力がある。

 それは、歌舞伎でもなんでも、同じことだ。型抜きみたいな芸なら、録画で充分。観客を巻き込んで、あたかもぎりぎりのところでオチにまでなだれ込んでこその芸。ほんとうはもっともテレビの生放送に向いているんだけど、それが出来る芸人が少ない。でも、ダチョウ倶楽部とか、落語や漫才をやらしても、意外にうまそうな気がする。