ドキュメンタリーの新世代3

 つまり、ムーアという男は、原とは違う。奥崎謙三井上光晴のように、ドキュドラマの中の登場人物として生きているのだ。旧世代のように、編集でプロパガンダをすべりこませるのではなく、自分がプロパガンダのかたまりになって、その内部に登場する。それを、ホワイトハウスだのウォールストリートだのにぶつけて、そのリアクションを撮る。そして、そのリアクションにこそ、真のドキュメンタリー性がある。そのドキュメンタリー性は、登場人物としてのムーアのプロパガンダの有無を越えて真実であり、そこにこそおもしろさがある。

 ドキュドラマの登場人物になってしまう、という意味では、さらに近年の世代で、モーガン・スパーロックがいる。『スーパーサイズ』(2004)だけでなく、「30デイズ」シリーズは、どれもバカっぷりに大笑いできる。肝臓がいかれて体がもたないのか、シリーズの方は、トーシローさんたちが被験者で、スパーロックは企画と監督に徹しているが、設定は、30日間、連中にやらせてみた、というのだから、まさにヤラセ。ところが、それがドキュメンタリーになってしまう。プロパガンダをごちゃごちゃ抜かす前に、まずやってみる、やらせてみる、という実験精神は、古いヤラセだらけのドキュメンタリーとは、根本からして覚悟が違う。

 なかでも「アンチエイジング」はすざまじかった。予想以上の展開で、予想外の展開になってしまうのだが、ああいう結末は、びびる。結局、どうなったのか、気になるが、その後の情報はない。そこがまた恐い。