オントロギーとしてのストーリー2

 時間制、という発想は、その根本において、聴覚的な世界観だ。線形的な時間の流れのうえにすべてのものを位置づけようとする。マクルーハンの場合、それはグローバルヴィレッジとして、ヘーゲル的な世界歴史だが、ハイデッガーは違う。

 我々は、ヘーゲル的な形而上学へ飛び上がる前に、身近なところから細やかに考察すべきだ。ここにおいては、むしろ、ずっと古いアリストテレスが参考になる。

 ハイデッガーの誤りは、結局、彼もデカルト的な空間論に浸食されていて、時間というものを、空間的なアナロジーで考えていたところにある。そこには見えない長さがあり、すべての物事は者が音は線形の順序関係で整理される。

 しかし、アリストテレスの、というか、古代ギリシア人の歴史観はそうではない。ギリシア神話を見ればわかる。それは、断片的なストーリーの壮大な寄せ集めであり、力学的な原因と結果ではなく、理由と帰結がぐちゃぐちゃに絡み合っている。だいたい、出来事の順序なんか矛盾だらけ。だから、ギリシア神話の全体を1つの物語として整理しようとしても、まったくムリな相談だ。