本格ミステリの定義(決定版!)6

 デテクション・クラブの存在が重要だったのは、デテクションというジャンルが、その出版以前に、プロ仲間による査読を必要としていたからだ。手がかりが必要充分であるか、解法がフェアであるかどうか、このギルド的クラブ内でチェックすることによって、デテクションの品質を維持していた。だからこそ、その後、ファンも一般層にまで爆発的に増えていった。

 さて、話は最初に戻って、『半落ち』だが、あれが本格ミステリたりえないのは、その作者の横山秀夫などより法規に詳しく、1999年6月の無期懲役囚のドナー登録のための拘留一時停止の申し立てに対する却下の法務省判断(後に被告人としての申し立ても広島高裁で却下)を知っている者が、かえって謎が解けないという事態に陥るからだ。だいいち、これは微妙な一件だったので、当時、相応に話題になった事件だ。まして、同じドナーを題材にしていて、この判例に事前調査で行き当たらなかった、などということは、プロとしては通常は極めて考えにくい。

 作者より無知でないと解けないデテクションなど、デテクションではない。現実性がない、ということは、こういうことだ。反論云々の話ではない。この意味で、あの本は、出版する以前に、編集部の素人の「第一読者」などに頼るのではなく、北方謙三のようなプロの作家仲間の査読を受けるべきだった。それによって、修正し、完成する可能性もあったはずだ。

 どこぞの「本格ミステリクラブ」がどんなものか知らないが、デテクション・クラブのような、純粋に知恵比べとして、プロ仲間で出版前に査読することが、本格デテクションには必要だ。こんなことは、テレビのクイズ番組でさえも当然にやっている。しかし、当時からして、ネタの先取り、横取りは横行していたようで、だからこそ、こういう秘密結社ごっこが必要だったのだろうが。


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