カントの美的判断力1

 昨今、美学なんか、芸術系大学でも、あまりまともに教えられていないらしい。だいいち、教えられる先生がいないのだろう。カントですら、ろくな解説を読んだことがない。どうせ学生は『純粋理性批判』も『実践理性批判』も読んでいないだろうから、そういう人のために、多少、丸め込んで、わかりやすく説明しよう。

 我々の通常の判断力というのは、それが何であるか、ないし、何がそれであるか、を判断する。ああ、あれは犬だ、とか、6ミリのネジはこれだ、とか。あれは反則だ、とか、正しい対応はこれだ、なんていう実践的なものも、ここに含まれている。こういうのを、規定的判断力と言う。

 ところが、犬なのは重々わかっているところで、どれくらい犬らしいか、が、問題になることがある。たとえば、犬のコンテストのような場合。しかし、ここでは、まず、犬らしさとはなにか、を、よく思い出してみながらでなければ、どれが、どの程度、犬らしいか、などわからない。だから、これは反省的判断力。そして、まあ、犬らしいからなんだ、ということもないので、これは、目的なき合目的性、とも言われる。

 この背景にあるのは、プラトンイデア論で、イデアという理想像に似ていれば似ているほど、ものは美しく、良い、という話があり、カントは、これに自分の美学を合わせたわけだ。


純丘曜彰ブログ速報版はこちら:http://sumioka.justblog.jp/blog/