ミッキーマウスのオカルト5

 石工のメイソンリーが麦のビール発酵をテーマとするジョン・バリーコーンの物語にヒラム神話を隠したように、イエスの話の中心に発酵がある。ワインとパン、は、私の血と肉、と言うが、そのワインやパンは、かなり特殊なものだ。

 カシュルート(食事規定)によれば、ワインは、異教徒が触れたものであってはならない。ロスチャイルドが自分たちでワイン畑を買い取ったのも、こういう事情からだ。そもそも、ワインといえば、当時、赤に決まっており、それも発酵止めの方法を知らなかったから、底抜けの辛口で、オリーブオイルで割って飲むようなものだった。ところが、ユダヤのコーシャ・ワインは、本来、ドロ甘だ。熱処理して酵母を殺菌し、発酵を止めるのだ。そのくせ、ボトルを開けっ放しだから、酸化しまくっている。

 パンも、過越祭のものは酵母を使ってはならない。たてまえでは、出エジプトのとき、発酵させている暇がなかったから、ということだが、過越祭の後、1週間の除酵祭(ペサハ)が続く。ここにおいては、パンだけでなく、家中の古い酵母を一掃しなければならない。これは、酢酸菌や乳酸菌などの雑菌の混入を防ぐ農耕文化を起源とするもので、出エジプトイスラエル人とは関係ない。

 いずれにせよ、家具大工の息子イエスが、やたらこの酵母の問題にこだわり、酵母そのものから除菌してしまえ、と訴える。彼に言わせれば、酵母は悪しき不純物であり、人を高慢にふくらます、と。もちろんその根の一端は、たしかにユダヤ教にあるのだが、イエスの奇蹟には、水をワインに換えた、とか、パンを数千人に分けた、とか、バッカス的な発酵技術のにおいがする。


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