イン・メディアス・レス1

 メディアの話ではない。物語の途中へ、という意味だ。この術語の出所は、ホメロスイーリアス』に対するホラティウスの論評。(英国の人気作家兼大学教員デイヴィッド・ロッジは、これを『オデュッセイア』と取り違えている。英国にあって、こういう古典教養を正しく知らないのは、UCL(ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ)出身者の社会階層的な特異性(中等基礎教育の欠落)を直観させる。とはいえ、彼のコミック小説は私の好みだ。)

 知ってのとおり、『イーリアス』は、アキッレウスの怒りから始まる。トロイア戦争のさなか、オレはもう手を引く、と言い出す。疫病が流行したため、アキッレウスが会議を開き、総大将アガメムノーンがさらってきていた神官の娘を返す、ということになった。ところが、アガメムノーンは、それならおまえの愛妾を寄こせ、と言って、アキッレウスからブリセーイスを奪い取り、おまえなんかいなくても、おれは勝てる、と言って、総攻撃に打ち出た。しかし、敵の強固な防備を前に、仲間たちは次々と傷つき、倒れ、果たして英雄アキッレウスは、、、と、じつにうまい。

 イン・メディア・レスの反対語は、アプ・オーウォだ。卵から、という意味。これも、ホラティウスの同じ箇所に出てくる。アプ・オーウォ・ウースクェ・アド・マーラと言う形で、最初から最後まで、という意味で使われることがよくあるが、原義は、卵からリンゴまで、で、ゼウスが白鳥に化けてスパルタ王妃を騙して卵で生ませた双子姉妹、ヘレネーとクリュタイムネーストラーから、不和のリンゴを巡るイリオス(トロイア)王子パリスの三美女神審判まで、ということであって、むしろプレクォール(前日譚)を意味する。


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