ロードムービーとファンタジー1

 ロードムービーと言うが、ロードフィルム、ロードシネマ、ロードピクチャー(これは別の狭い意味)とは言わない。ジャンル的には、ビング・クロスビーらの珍道中シリーズ7作品で定着した。

 しかし、ロードムービーは、映画に限らない。それこそ、『オデュッセイア』の昔からある。概念的には、『ハックルベリー』や『闇の奥』などの小説も含まれ、これらは、そもそもロードではなく、リヴァーだ。

 日本でも、『奥の細道』や『東海道中膝栗毛』のようなものがあり、さらに古くは、貴種流離譚の『伊勢物語』などもある。しかし、小説においては、ジャンルとしては確立されていなかったようだ。(「道行き」は、芝居や踊りの屋外路上シーンのことで、ひとところで長い道程を進んだことを表現する手法だ。ロードムービーとは関係がない。しいて言えば、それは車中シーンのことでしかない。)

 もちろん、「遍歴(ヴァンデリング、彷徨)」は、東西にある。ところが、こうなると、『源氏物語』や『ヴィルヘルム・マイスター』のようなものまで入ってきてしまう。そもそも、こっちのジャンルは、主人公が成長する「教養小説」の意味合いが強く、そこでは舞台としての道のりは見失われる。

 テレビシリーズは、『逃亡者』や『名犬ロンドン』、『水戸黄門』や『走れ!K100』(どちらも同じCAL制作)など、ロードムービーの形式を積極的に取り入れた。テレビから映画に飛び出した寅さんシリーズも、その全体においては、ロードムービーになっている。原作を極端に引き延ばす必要があったアニメの世界名作劇場などでも、この形式になっているものがいくつもある。『トリトン』『ヤマト』『ガンダム』なども、ロードムービーだ。

 また、映画においても、いわゆるロードムービーだけでなく、007シリーズや『スターウォーズ』もまた、ロードムービーの形式になっている。ただ、連中は飛行機だのロケットだのを使うので、道が物理的につながっているように見えないだけだ。後述するように、留の出会いと別れで箱型にプロットが区切られているのは、みんなロードムービーだ。

 そもそも、ロードムービーは、ファンタジーと親和性がある。ダンテの『神曲』やバニヤンの『天路歴程』は、まさにファンタジーの先駆。そして、『不思議の国のアリス』から『指輪物語』『ナルニア』『果てしない物語』まで、いずれもロードムービー的な展開構造を伴っている。(不思議なことに『ハリーポッター』は違う。あれは、学校という拠点に居着いてしまっている。)

 また長くなりそうなので、あした。