ハックルベリーのスキャッズ文体1

 レトリック(修辞法)というのは、いまや、外界の物事を文章の中で表現する小賢しい技巧にまでおとしめられてしまった。が、しかし、もともとは、レートラーのテクネー、語り方の技術一般を指し、とくに、演説の手法を意味した。そして、それは技巧である以前に、話題と語彙の問題であった。

 ここにおいて、レトリックは、三文調を区別した。すなわち、崇高調と中庸調、口話調である。口話調というのは、我々が日頃しゃべっているもの。これに対し、中庸調というのは、それを無機化したもので、事実だけを述べる(述べているかのようである)もの。おもに書類の書き言葉として用いられるが、それを書き言葉と呼ぶのは正しくない。事務的な命令や伝達では、昔からこの中庸調が話し言葉として用いられている。これらに対し、演説では崇高調が用いられる。エポス(叙事詩)なども、これだ。もっとも、エポスというのは、もともとは表現というだけの意味であり、古代において、そして、中世においても、表現する、ということは、崇高調で語る、に決まっていた。

 ルネッサンスになると、口話調の芝居仕立てを好んだ古代のプラトンをまねて、生き生きとした通俗的な口話調を文章に書き留める動きが出てくる。それでも、それば、おうおうに、芝居の枠組のように、中庸調のナレイターを伴っている。セルバンテスがすごいのは、この中庸調のナレイターと、崇高調のドン・キホーテと、口話調のサンチョ・パンサがごたまぜに出てきて、その三調の認識のズレこそが、物語の動機になっているところだ。続編を待つまでもなく、この意味で、『ドン・キホーテ』は、文学論的な作品に仕上がっている。

 ところが、この本来的な意味でのレトリックの活力は、その後、失われてしまい、ロマンでは中庸調が主軸になっていく。それは、物語を事実に偽装する技法でもあった。また、語るということが、宮廷の官僚から侍女まで、その作者性を抹消することが求められる時代でもあったからだろう。いわゆる、ミドルクラス・モラリティの先行者たちだ。

 そんな時代に、突如、口話調が噴出する作品がある。ディデュロが1761年に書いた『ラモーの甥』だ。事実を中庸体で語る百科全書派のディデュロの前に、有名作曲家ラモーの甥とやらという無名のゴロツキが現れ、昨今の物事に、言いたい放題。本音とも偽悪とも偽善ともつかぬのらりくらりとした世渡り上手の狡知を披露し、ディデュロを言い負かしてしまう。しかし、よく考えればわかるように、このラモーの甥なる人物は、じつはディデュロ本人にほかならない。フランス革命前の時代に建前の背後にあったものがよくわかる。が、賢明なディデュロは、ラモーの甥よろしく、生前にこの作品を発表することはなかった。

また、長くなったので、つづく。