エリオットからヒッチコックへ2

 しかし、そもそも、「オブジェクティヴ・コレラティヴ(客観的相関物)」という、この術語自体、エリオットが言い出したものではない。彼より百年も前、同じようにアメリカ南部から英国に渡った詩人画家ワシントン・アリストンが『芸術講義』で使っている。元の文脈で言えば、キャベツはカリフラワーにはならない、大きいか小さいか、出来が良いか悪いかはともかく、キャベツはキャベツだ。同様に(どこが同様なのか、さっぱりわからんが)、心の外の世界の物事には、その表象(感情)に対応すべきものがあって、その表象(感情)を引き起こすには、そういう外界の物事が必要だ、と。

 いや、エリオットは、アリストンではなく、フッサールから「オブジェクティヴ・コレラティヴ」の概念を知ったのではないか、という人もいる。調べてみると、たしかに、長大な『論理学研究』第1巻(1900)に、二回ほど、「オブジェクティヴェス・コッレラート」という単語が出てくる。しかし、これは、カント的な純粋理性の法則の方を指しており、どうもエリオットとは意味が違う。(驚いたことに、ロバート・マッキーは、アリストン・エリオット的な意味においてではなく、正確にフッサール的な意味で、この語を使っている。)

 なんにしても、重要なのは、エリオットが、この「オブジェクティヴ・コレラティヴ」という古い術語を引っ張り出してきて、その欠落に関して論じたことだ。それは、1922年に書かれた短い文章『ハムレットと彼の諸問題』。ようするに、ハムレットが抱えている諸問題より、ハムレットという登場人物そのものが根本問題だ、ということ。というのも、ハムレットの復讐という動機には、「オブジェクティヴ・コレラティヴ(客観的相関物)」が欠けている。そして、大胆にも、『ハムレット』は、シェイクスピアの大失敗作だ、と言い放ち、この小文を、例のシュライアーマッハーのテーゼ「作者を作者以上に理解すべきである」で締めている。

 いかにも、小賢しい。しかし、無名の若者が、文で食っていこう、というのなら、これくらい挑発的な方が、世間の注目を集めるものなのかもしれない。とはいえ、ここには、アリストンから受け継いだ、彼の文学観が凝縮されている。人を感動させしめるには、感情の説明ではなく、「オブジェクティヴ・コレラティヴ(客観的相関物)」、デノテーションの方を羅列すること。つまり、ニュークリティシズムのような抒情主義ではない。また、ハムレットの動機の欠落を支えているのは、亡霊ではなく、ハムレットに亡霊を見せつける作者のシェイクスピアであり、したがって、シェイクスピアこそがハムレットである、ということ。これもまた、ニュークリティシズムのような作者殺しとは正反対だ。(夏目漱石なんか、この時代にイギリスに留学したものだから、その後、このエリオット・スタイルにどっぷり染まって、はちゃめちゃな話でさえ、自分を全部さらけ出さなければならなくなった。)

 このとき、エリオット34歳。一方、ヒッチコックは、23歳。サイレント映画の字幕を書いていた。そして、1925年からは監督も任されるようになる。このころは、まだ映画のフィルムが少なく、『パウリーンの危難』(全20話)のような同じ連続冒険活劇が繰り返しあちこちで上演されていた。そこではすでに、敵と味方で奪い合うものが「ウィーニー(weenie)」と呼ばれていた。これは、十九世紀後半からある幼児語で、「ティーニーウィニー(teenie-weenie)」が元の型。ちっぽけなどうでもいいもの、というようなニュアンスだ。「イッツィビッツィ(itsy-bitsy, ichi-pici)」とも言う。 こっちは、ハンガリー人が持ち込んだハリウッド語だ。(『マイ・フェア・レディ』にもちゃかされているように、当時、ハンガリー人は、いっぱいあちこちの国に出てきていた。)

 ヒッチコックは、エリオットのハムレット批判を逆手に取って、『ハムレット』ほどのすばらしい失敗作が作れるなら、ぜひ自分もやってみよう、と考えた。それで、物語の動機になるべき、「オブジェクティヴ・コレラティヴ(客観的相関物)」、すなわち連続冒険活劇の「ウィニー」を、無いものにしてしまった。それが、「マッガフィン」。そして、彼は、それこそマッガフィンよろしく、自分で、あちこちでマッガフィンについてデタラメな説明を繰り返し、それをまた真に受けるオバカな映画オタクがいっぱいいたが、ほんとうの出所は以上のとおり。

 しかし、「オブジェクティヴ・コレラティヴ(客観的相関物)」が欠落するとき、その仕掛け全体を支える責任は、作者が負わなければならない。ヒッチコックは、この呪縛をよく知っていた。それゆえ、彼は、自分で自分の作品の中に顔を出し、自分で物語の前後に額縁式の紹介をつけた。これによって、彼は、自分の物語を、その中も、外も、自分のものとして責任を果たした。