超写実主義としてのシュールレアリズム

 シュールレアリズムを、日本では、超現実主義、などと訳すが、まったく困ったものだ。芸術の潮流として、強固なレアリズム(写実主義)のドグマがあるからこそ、そのアンチテーゼとしてシュールレアリズムが登場してくるのであって、それが問題としているレアルとは、写実だ。(超現実なら、シュールレアリテ、であって、シュールレアル、ではない。)

 その根底には、二つの流れが合流している。ひとつは、写実主義に対する印象主義。モネだのゴッホだのから始まった印象主義は、フロイトの深層心理学の影響で抽象化していく。当初は、ロールシャッハテストのような偶然性の上に画家が自分の内面を読み解いていくものであったが、オートマティズム(自動書記)そのものが無意識の発現であるとして、まったく芸術的才能のない連中までが、デタラメの製作パフォーマンスに能書きをてんこ盛りにして芸術家を気取るようになり、これを賞賛したデタラメな評論家たちとともに画壇を支配するようになっていってしまう。この流れは、現代音楽にも影響を与え、わけのわからない不快な音の羅列でも、評論家の絶賛で芸術とされた。

 もうひとつは、ダダイズム。こっちは、当時の反体制的なマルクス主義が基調だが、その奥底にはニーチェ美学がひそかに入り込んでいる。ダダというのは、ツァラが辞書で見つけた単語だ、などと言われているが、ダダ以前に辞書にダダなどという単語は出ていない。ドイツ語圏でドイツ語のヤー(Yes)の代わりに当時の左翼かぶれが使いたがったロシア語のダーが語源で、強いて訳せば、なんでもあり主義、ということになる。(ロシア語のダーは、ドイツ語では、ある、という意味であり、したがって、ドイツ語圏で、ヤーの代わりにダーと言えば、かくあり、かくあるべし、というニュアンスになる。これは、ニーチェが、『ツァラトストラ』において、聖書の神の自己定義の存在概念を普遍化した思想に通じる。)

 この、なんでもあり主義、の原点は、コラージュだ。当時、映画フィルムを転用したカメラが登場し、写真が手軽になった。そうでなくても、雑誌などの印刷媒体の製版技術が進み、容易に写真や図版を掲載できるようになり、そこら中に、どうでもいい絵が溢れていた。彼らは、これらを切り抜き、貼り合わせた。しかし、これは、絵画の中でのことだけではなかった。以前にも書いたが、第一次世界大戦の後、大量の負傷敗残兵が街中に帰ってきた。彼らは、機械的な義足や義眼が組み込まれており、まさに現実にコラージュが存在していた。

 このダダ系シュールレアリズムは、ダリを典型とするように、絵画においても、その部分は、写真のように写実的だ。これは、相当の技術力がないとできない。が、これらを部分へ断片化し、疎外化(デペイズマン)する。この組み合わせは、理性的で意図的なものであり、先の文学と同様、現実にあり得るものが注意深く取り除かれている。音楽で言えば、サンプリングのようなやり方であり、ただそのサンプルの部分もまた、写実主義の画力で自作してしまっている、というタイプのものだ。

 文学でも、芸術でも、破格というのは、強固な格の支配があればこそ成り立つ。全学連世代が、東西冷戦と南北支配という安定した社会構造の上でのガキの反逆にすぎなかったように、シュールレアリズムもまた、壊されては困ると信じられているもの、それゆえ壊すべきものが明確に自覚されている時代の産物だ。

 その後、シュールレアリズムは、とめどなく抽象化し、無意味になって、信じられているもの、壊すべきものがなくなってしまう。ここにおいて、シュールレアリズムは、米国で英語のスーパーレアリズム(やはり超写実主義)になる。これは、いっさいの人為的な無意識を排除し、プロジェクターで移した写真を冷徹に絵に写し取る、というものだ。それは、ミニマム・アートを越え、ゼロ・アートを目指す。