クレショフ効果の別解釈 1映画

 クレショフ効果は、エイゼンシュテインを熱狂させた。それは、革命後のソ連において、彼が高価な生フィルムを手に入れ、映画監督という地位に収まるため、という以上の心酔だった。

 彼によれば、まさにエンゲルスの科学的弁証法よろしく、映画は、それぞれの部分の量から、まったく新しい意味という質への展開がそこにある、とされた。そして、フランスも、日本も、戦後、東西冷戦が終わる1980年代まで、左翼思想をベースに、この理論に乗って、モンタージュという技法を絶賛した。

 ところが、当時から、これはおかしい、と思っていた研究者たちもいた。政治的な思想のことはどうでもいいが、少なくとも映画のモンタージュの作用の仕方は、違うんじゃないか、という疑義だ。しかし、左翼がやたら強い映画学業界にあって、この疑義は、それこそ政治的に抹殺された。

 ベラ・バラージュ。ルカーチと同じくハンガリー人で、その友人あり、同様にナチス以前のドイツで活躍した。脚本家であり、映画人であり、ユダヤ人だったが、ナチスに協力する前の若きリーゲンシュタールと組んで仕事をした。そして、ナチスの登場とともに、モスクワへの移住を余儀なくさせられてしまう。だから、もちろん、エイゼンシュタインやプドフキンともつきあいがあった。

 彼に言わせれば、観客は、作り手が理解させようとするものを理解しようとする。スープと男の顔を見せたとき、この男がこのスープを食べたがっている、と思うのではなく、ああ、この作り手は、この二枚の絵で、この男がこのスープを食べたがっている、と言いたいんだな、と理解する。メッツも、この路線に乗っかって、戦後、エイゼンシュテインらを批判する。

 とはいえ、メッツの批判が奇妙なのは、だから、スープは、それだけで見た目通りの意味が内在している、という話へ展開したことだ。これは、当時の学問状況からしても、まちがっているだろ。ロシア・フォルマリズムをふまえれば、これは、イストワール(ミュトス)からディスクール(エロキューション)の分離だろう。もちろん、メッツも、ラングとランガージュの分離問題につっこんでいくが、半端なソシュール流の構造主義のせいで、レヴィ・ストロースの野生の思考という問題提起の真意を理解できないままでいる。