ノヴェル・タイプの小説

 日本で「小説」と言われているものは、ヨーロッパでは「ロマン」と「ノヴェル」とに明確に分けられている。しかし、英語やオランダ語なども、日本語と同様、「ロマン」と「ノヴェル」の区別がなく、ぜんぶ「ノヴェル」と呼ばれる。とくに、ロマンと区別して狭義のノヴェルを指す場合には、イタリア語で「ノヴェッラ」と言う。

 ノヴェルは、その短さを特徴とする散文物語であることはまちがいない。しかし、だからと言って、それは、けっしてロマンの短いのなどではない。そんな定義は、「ポニーは馬の子供だ」というくらいばかげている。たしかに、ロマンもノヴェルも、どちらも物語なのだが、ポエムやエッセイと同じくらい、まったく別の文芸ジャンルと考えられている。なぜか。

 ノヴェルという言葉の意味自体は、新しいの、という程度のものでしかない。歴史的に言えば、おおよそフランス革命の後、クライストあたりが嚆矢とされる。ゲーテなどより後の時代のスタイルだが、ゲーテ自身にも、まさしく『ノヴェル』というタイトルそのものの小説がある。これは、1797年に書かれた『狩猟』という詩を、1928年に書き直したものだ。

 当時、ノヴェルは、ロマンから派生したものではなく、むしろコント(寸劇、一幕芝居)の文章化されたものと理解された。日本語で「コント」と言うと、お笑いのものだけを指すが、それは欧米では「スケッチ」と言い、描き出すという意味では、フランス語の「コンテ」と同じだ。

 コントは、狂言のように別の全体に寄生するエントラクト(幕間劇)ではなく、短くともそれ単独で独立した芝居であり、宮廷その他の余興として好まれた。また、落語のように一人口話で演じられることも多く、十八世紀以降、その語り本が貴族子女の家庭教師用に本としていくつも出版された。その多くは、教訓童話であって、もとより喜劇ではない。

 重要なことは、これらのコントによって教育された世代は、文字が読めた、ということだ。十八世紀後半になると、週刊新聞が登場し、コーヒーハウスやカフェで回覧された。そこには、時事情報だけでなく、随筆や雑文が載せられていた。そもそも、時事情報にしても、まだ通信制度の整備されていない当時のことだから、伝聞と想像で膨らんでしまったものも少なくなかった。そして、彼らが社会的な中心となっていったとき、そこに娯楽読み物としてのノヴェルが生まれた。それは、ようするに、大人向けのコントだ。

 なんにしても、コントから生まれたノヴェルは、なにかを描き出したものであり、それは、全体が短いのではなく、全体の中の一場面を抜き出したから短いのだ。それは、全体像を指向せず、額縁に納められた風景画のように、物語を切り取る。もちろん、それを切り出すに当たっては、もっとも全体を象徴する部分を選ぶ。しかし、ロマンと違って、その四辺は、作品の外への余韻として延長したまま残されることになる。

 それは、もともとのコントの素性を踏まえ、時と場の一致(閉じた限定的場面内での出来事であること)が要請される。読者の想像力に象徴的な広がりを与えるため、描写は、最小限に抑えられ、会話が中心になる。くわえて、その外を残すために、始まりも終わりも、むしろクリティカルではなく解決される。(だれかが死んでしまった、というような不可逆的な展開は好まれない。)

 もちろん、こんにち、エッセイとノヴェルだって融合するのだから、ロマンとノヴェルの垣根は、その痕跡を見つけるのが困難なほど、ジャンルとして融合してしまっている。しかし、その長さに関わらず、全体を描き取るのと、部分を切り出すのとでは、作者の視点は根本的に異なる。この作者の視点が曖昧だと、読者の立場も曖昧になってしまう。