物語の基本構造

先に、物語は挫屈していなければならない、と書いた。この説明を物語学の原理から説明しよう。

最小限の物語は、2つの文、すなわち2つの出来事からなる。2つの出来事は、時間順序を持ち、共通の人物または場所が含まれることで繋がっている。しかし、たとえば、これはどうだろうか。

A1 先週、ハワイへ行ったんだ。

A2 やっぱりハワイはよかったよ。

これは話にならない。つまり、どうでもいい。とはいえ、この、どうでもよさ、は、どこからくるのか。このどうでもよさ、は、話し手のものではなく、聞き手のものだ。つまり、物語が物語であるところでは、無言の聞き手もまた重要な役割を果たしている。これが、T型グランドストラクチャ-におけるエロキューションの問題。

話し手が話し始めた時点で、聞き手は、出来事1だけでなく、早くもまだ語られていない出来事2を含む、一つの物語の全体を期待する。この期待は、あえて言葉に出せば、こうなる。

A1 先週、ハワイへ行ったんだ。

B1 へぇ、やっぱりハワイはよかっただろ。

この例は、先の例が話にならない理由を示している。つまり、先の例は、本来、対話であるべきものを独話しただけなのだ。話にならない、というのは、対話であるべきものを独話してしまっており、聞き手の存在を無視してしまっているからであり、それは人に語る行為になっていない。

逆に言うと、物語は、独話、一人語りのように見えて、むしろ対話なのだ。ただし、そこでは、話し手が主導権を握っていることにより、聞き手のリアクションとしての言葉が自明であり、省略されている。つまり、こういうこと。このB1が省略されているのが、物語。

A1 先週、ハワイへ行ったんだ。

(B1 へぇ、やっぱりハワイはよかっただろ。)

A2 ところが、サメが出たっていうんで、そりゃ大騒ぎでさ。 

なぜこんな省略が可能であるか、というと、最初に語られた出来事が、同時に1つの話題(語られる内容、または、語るテーマ)をすでに含んでいるから。ハワイへ行った、と言えば、混んでいた、とか、暑かった、とか、そこから先に語られそうなことは、ふつうは知れている。したがって、聞き手は、最初の出だしの出来事を聞いて、それを前提として先を聞く。

ところが、先述のように、語られそうなことが語られるのでは、対話を独話していることにしかならない。だから、うまい話し手は、次の出来事とは違う、あえてミスリードをするようなイメージを次々と作っていく。たとえば、こう。

A1 先週、ハワイに行ったんだよ、芸能人みたいだろ。

A2 ところが、サメが出たっていうんで、そりゃ大騒ぎでさ。

A3 地元の連中は、むしろみんな海に押しかけ行ってね、

A4 中国バブルで、フカヒレがものすごい高値で売れるんだと。

つまり、物語がつねに挫屈しているのは、本来なら対話として挿入されているはずの聞き手のセリフに対して答えていっているから。これを、順接、逆接で振り回していってこそ、話し手は聞き手を物語に引き込んでいくことができる。