ほんとうのタレントが見たい

 ドイツでは、DSDSが佳境に入った。スーパースターを発掘する半年がかりのRTLのキャンペーン番組だ。今日で第16回。審査員からして、あのポップの巨人、ディーター・ボーレンだし。才能のないやつには容赦ない。だから、このあたりまで残っている候補者となると、ものすごい。ハープの弾き語りでシャウトロックを歌ってしまう、など、半端ではない。タレントはこういうものか、と見せつけられる。

 ひるがえって、日本のテレビも、雑誌も、新聞も、大学もぬるい、と思う。かつては、スカウト・システムがしっかりしていた。というより、タレント事務所やプロデューサーは、スカウトが命だった。予算が限られていたから、どれだけ才能のある無名のやつを発掘してこられるかに、存亡がかかっていた。その目利きであることを、事務所やディレクターは、自分の才能として誇っていた。こういうのが機能していたのは、岩崎宏美タモリ、せいぜい竹中直人あたりが最後だろう。

 その後、予算がジャボジャボになって、キックバックが当たり前になって、事務所も縁故だらけになった。それこそ岩崎良美あたりからか。もちろん当時は、本人にしても恥ずかしいことだと自覚されており、彼女の場合、わざわざ事務所も別のところにしている。しかし、その後は恥ずかしげもなく、よくもまあ次々と弟だの、妹だの、息子だの、娘だのが次々出てくるものだ、と思う。正義を気取る評論家ですら、その娘は、いまやテレビ局の縁故採用だらけだ。それでも、予算が減るわけでなし、番組が無くなるわけでなし、むしろ有名人を回してもらって、その抱き合わせで使う方がふつうになった。雑誌や新聞や大学も同じだ。実際、その方が売れたし。

 結果、いまやテレビはガキばっかり。雑誌は有名人のやっつけ仕事ばっかり。新聞は記者の友人ばっかり。大学は派閥系列の子分筋ばっかり。クラシック音楽の業界では、以前から家元制みたいになっていて、XX先生に師事、なんていうのが、無理やりチケットをさばく手段になっていたが、その他の分野まで、もうそんなのだらけ。先生がだれだろうと、事務所がどこだろうと、つまんないのはつまんないよ。

 事務所やプロデューサーがスカウト業務を放棄してしまったうえに、シロウトの方がネットその他の情報で目利きになってしまった。自分もそうだ。テレビや雑誌に教えてもらわなくても、世界中からおもしろいもの、才能のある人を自分で見つけてこられる。テレビや雑誌に出ている話など、そのディレクターや編集者の「有名」なシロウトのお友だちの話で、自分には関係がないし、興味もない。これじゃ、テレビや雑誌がダメになるのも当たり前だ。でも、スポンサーの広告部もお友だちだから、まだしばらくは安泰だね。政治までお友だち内閣だっていうんだから、仕方ないな。

 有名でも、無名でもいいし、若くても、年配でもいい。演歌でも、クラシックでもいい。人気があろうと、なかろうと、ほんとうに感動できる実力派が見たい。才能のないバカが自分の名前を連呼して売り込みをしているだけのテレビや雑誌はいらない。でも、いまさら、べつに日本のテレビや雑誌に変わってもらわなくてもいい。自分で自分の好きなものを探すから。