ホロコースト問題

 ドイツ出身の現教皇ベネディクトゥス16世の周辺が揉めている。去る1月21日に教皇が聖ピオ十世司祭兄弟会リチャード・ウィリアムソン司教ら四名の破門をひそかに解いていたからだ。そのことが知られるようになると、ドイツ中が大騒ぎになった。だが、この事件、背景がややこしい。

 そもそもウィリアムソン司教という個人が批判の焦点だ。ヒステリックな引用が多いが、本人の弁を正確に言うと、彼は数十万人のユダヤ人が虐殺されたホロコースト自体は否定してはいない。ガス室が無かった、とも言っていない。だが、今でも、ガス室で死んだ者はいなかった、と、言い張る。(BBCによる本人インタヴュー)そうでなくても、舌禍の多い人物で、彼のこういう主張が誇張されて、ガス室は無かった、ホロコーストを否定した、として吹聴されている。そして、本人の意図を離れ、そういう人物として、一部の人々の支持を集めている。だから、イスラエルのガザ侵略に呼応して、なぜこの時期に、そんな人物の破門を解いたのか、と、世界中のカトリック、そして、ドイツはもちろんフランスの知識人たちが騒ぎ始めた。

 だが、もともと前教皇ヨハネ・パウロ二世が1988年に聖ピオ十世司祭兄弟会の彼ら四名を破門にしたのは、彼らがホロコーストを否定したからではない。現教皇ベネディクトゥス16世だって、ホロコーストの否定は容認しない、と繰り返し明言してきている。問題は、聖職任命は教皇の承認を要するのに、聖ピオ十世司祭兄弟会が勝手に四名を司教に取り立ててしまったことにある。これは、カトリック教会の中では、明らかな越権だ。だから、本来であれば、当時、聖ピオ十世司祭兄弟会そのものを異端として破門にすべきだった。それができずに、四名だけを破門した。

 では、聖ピオ十世司祭兄弟会とは何なのか。普仏戦争直前の反プロシア=反ルター派の風潮が高まる中で、1868~69年に第一ヴァティカン公会議が開かれ、当時の最新の話題だった進化論その他の近代科学思想を徹底的に否定し、教皇首位説および教皇不可謬説を強引に採決した。その結果、カトリック教会は、その後、多くの国々で蒙昧な妄信として多くのまともな支持者を失い続け、むしろファシズムとも怪しい関係を築かざるをえないようなことになってしまった。

 まして戦後においては、第一ヴァティカン公会議の路線「パストル・エテルヌス」が絶対的に存続不能、それどころかカトリック教会そのものが崩壊の危機に瀕していることは、もはやだれの目にも明らかだった。このため、1962~65年に第二ヴァティカン公会議が開かれ、カトリック教会は、大胆な近代化に踏み出した。自国語でのミサを容認し、ミサの形式さえも教会に委ねられた。とくに大きな展開点だったのが、カトリックがまさに普遍教会として、ルター派カルヴァン派はもちろん、ユダヤ教イスラム教さえも、そして聖職者だけでなく、すべての人間の集団に対して、神の聖性への招命を認めたことだ。

 これは、第一ヴァティカン公会議の立場を固持する独善保守派からすれば、まったくの変節としか思われなかった。このため、アフリカを含むフランス語圏カトリックに権勢を誇るルフェーブル大司教を中心に、1970年、聖ピオ十世司祭兄弟会が結成された。聖ピオ十世っていうのは、第一次世界大戦直前の法皇で、ルルドの泉の調査で有名だが、スイス衛兵を廃止しようとしたような改革主義者で、いくらフランス・カトリックの大者とはいえ、なんで彼らがこの教皇の名を担いだのか、よくわけがわからない。

 いずれにせよ、カトリック側は、こういう独善保守派=原理主義者の対応に苦慮。その間にルフェーブル大司教は、第二ヴァチカン公会議で認められたシドニス(司教会議)主義を逆手にとって、1976年、勝手に司教を任命し始める。しかし、聖職そのものは秘蹟なので、いまさら取り消せない。あわてて翌日に、とりあえずルフェーブル大司教をSuspensio(聖職中止)にしたが、それは文字どおり中断であって、それ以上の処分ができず、その隙に聖ピオ十世司祭兄弟会は、第二ヴァティカン公会議をののしり続けて、日本を含め、世界に独自のカルト教団を形成してきた。この兄弟会は、明確な反共産主義で、ローマはソ連と共謀している、と批判する。そのうえ、この兄弟会は、反ユダヤ、反イスラム(反トルコ・反北アフリカ)なのだから、兄弟会の意図はともかく、そこに外国人排斥を暴力的に訴えるネオナチがすり寄ってこないわけがない。

 ナチ、というと、ドイツを連想するかもしれないが、第二次世界大戦前、反共産主義のナチ連中は、フランスやイングランド、オーストリア、アメリカに大量にいた。そして、旧ドイツ・ナチの残党の影響もあって、ネオナチも、ドイツではなく、むしろイングランドポーランド、ベルギー、アルゼンチンなどで、いまや公然と活動している。だから、ドイツ、そして全ヨーロッパが、このキリスト教原理主義カルト教団を恐れているのだ。

 ウィリアムソン司教本人や聖ピオ十世司祭兄弟会そのものについての神学的な議論は置くとしても、その周辺がキナクサイことは、ヨーロッパではもはや公然たる事実だ。自由主義を採用し、教皇批判を容認したカトリックとしては、教皇首位説および教皇不可謬説を唱えながら、執拗に教皇を攻撃し続け、勝手にカトリックとして活動する聖ピオ十世司祭兄弟会に対して、どう応じるべきか、たしかに難しい。ルターやカルヴァンのときのように、きちんと手切れをする決断力の無さが、こういう中途半端な状況を招いた。別の教会なら別の教会で、かってに主流を名乗っているだけで、お互いに問題はないのだが。

 それにしても、イスラエルのガザ侵攻が国際問題になっているこの時期に、かつてヒットラー・ユーゲントに属していた現教皇が、聖ピオ十世司祭兄弟会との関係回復を試みること自体、現代の政治状況を読み間違ったと言わざるをえない。ドイツ司教会議代表のロベルト・ツォリチュ大司教は、まさに第二ヴァティカン公会議の路線において、もはやはっきりと教皇を批判しているし、ただでさえ絶大な人気があった前教皇のカリスマ性と比較されやすい状況にあるのに、現教皇は、やらんでもいい余計なことに手を出したこの始末を、いったいどうつけるつもりなのか。

 聖ピオ十世司祭兄弟会の方も、ウィリアムソン司教のような、会のイメージダウンになるだけの任命に不備があった人物を無理に抱え込んで、いま、その破門撤回を教皇と交渉することに、いったいなんの意義があったのか。それ自体、真意を疑われかねないではないか。ガス室が使われたかどうか、なんて、使われたかどうかもよくわかならければ、使われなかったかどうかももよくわかない。わからないことを断言すること自体、神に対する越権だと思うが。神に対して越権をすることは、教皇に対して越権すること以上に罪は重いはずだが。

 しかし、ドイツのカトリックの専門家たちのコメントでは、ベネディクトゥス16世はもともと完全な「確信犯」だ、と分析されている。実際、この一件、かつてヒットラーが合法的に独裁者に成り上がり、ナチを独裁政党にした経緯をまさしく思い起こさせる。しかし、そうなると、ルター派との和解を進めるエキュメニズムに熱心なドイツ・カトリックそのものが、教皇から離反する可能性がある。また、フランス・カトリックも、兄弟会のような独善保守派は、教会組織の中枢にはいるが、一般信徒は、知識人や政財界の重要人物を含めてリベラル派で、実際の教区基盤を失うだろう。もとはと言えば、第二ヴァティカン公会議の回勅「フマーネ・ヴィテ」に含まれていたシドニス(司教会議)主義自体が、こうなる結果を含んでいたのだが。