俳優の声質と演技

 今日のブルガコワ教授の講義は、俳優の声質について。意外な着眼点(着耳点)だ。映画というと、映像の話ばかりになりがちだが、声だって、身振り手振りと同様に、重要な演技のひとつであることにまちがいはない。

 先生が言うに、トーキーになっても、初期の録音では音域が極端に狭かったために、やたら高い声の男優や、やたら低い声の女優が出てきた、と言う。マレーネ・デートリッヒなんて、その典型だ。ふつうの男の音域や女の音域では、どちらも録音できない、録音できてもハリがない、まして映画館で再生すると、モワモワにくぐもってしまった。

 戦後になって録音技術が飛躍的に向上すると、マーロン・ブランドマリリン・モンローのような、スタニスラフスキー・メソッドの連中が次々と出てくる。というのも、彼らの発声方法は、ノドではなく、胸や腹を使うので気音が多いから。そういうのは、戦後になって初めて録音音域になった。そりゃ、戦前のドスの効いた女優の声や、キンキン響く男優の声と較べれば、ため息だの鼻息だのを多用する彼らの話しぶりは、はるかにセクシーに聞こえたことだろう。

 映画からあえて声だけを切り出して聞き比べると、いろいろな発見があるものだ。教授によれば、姿勢も声に反映すると言う。戦前の映画だと、オペラ的な、いかにも声を聞かせる発声をしている。実際、音だけ後でスタジオで別に録音することも多かった。ところが、ブランドやモンローになると、演技の中で同時録音している。このために、声の中に、体をひねってふりかえったり、胸と両手を広げたりしたときの息づかいが入ってくる。

 こういう問題は、スタジオで白い画面の口線だけ見て、棒立ちでしゃべっているアニメの声優や、それでいいと思っている演出家にはわからんだろうな。もちろん、世界中、いまや吹き替えが盛んに行われている。しかし、昔のようなラジオ的な声優ではなく、あくまで画面で演技ができる俳優を吹き替えに使うのは、こういう理由からだ。体で演技が出来ないやつが、声だけで演技をしても、よく耳をすませば、それこそ逆に棒立ちなのが見えてきてしまう。