ロボットの始まりと鉄腕アトム

 ブルガコワ教授の今日の題は、ロボット。現代のマイケル・ジャクソンをさかのぼって、あの『メトロポリス』の機械的な動きの人間像はどこから来たか、という話。

 世間には受け売りの雑学者も多いが、ロボットは、チェコの作家カレル・チャペクの小説が最初だ、などと言うようなシロウトは話にならない。読めばわかるとおり、あれは有機人造人間で、むしろゴーレムやフランケンシュタインの末裔だ。だいいち、あの小説は、1921年。ブルガコワ教授は、それ以前のダダイズム絵画の中にロボット、機械人間のイメージがすでにある、と言う。

 じつはこれについては、私もいろいろ調べたことがある。たしかに、ダダイズムのコラージュの中に、キカイダーのような、人間と機械の融合、目玉にカメラがはまっているというような、有機体と無機体の融合した作品、また、無機体だけで人体の姿になっているものなどが、じつはかなりの数で見いだされる。その量たるや、オリジナリティのかけらもないというくらい多い。なぜ、当時、これほど神経症的に、こんな機械人間のイメージを繰り返し描こうとしたのか。

 しかし、これはより正確に言うと、いわゆるダダイズムよりも前の作品群だ。だいいち、最盛期のダダイズムは、作品そのものを作らない。アールデコダダイズムの中間あたり、年代で言うと、1919年から29年のあたり。映画『メトロポリス』(1927)に出てくる機械人間マリアなど、デザイン的にはアールデコの典型で、まさに直線的デザインが真鍮色に輝いている。たしかに年代的にはスイス・ダダイズム宣言より後だが、いわゆるダダイズム的な破壊性はない。また、その後のシュールレアリズムまで行くと、有機化が進み、時計のような機械までデロンと延びていたりする。つまり、ロボットが生まれた時代というのは、アールデコの末期、という方が適切だろう。そもそも、「ロボット」という名をつけたのも、カレル・チャペクではなく、その兄の画家ヨゼフ・チャペクだ。兄は、それがすでに存在するイメージ類型群であることを、弟よりもよく理解していた。

 マイケル・ジャクソンのようなロボットアクションというのは、じつは、もっと古い。バレエがそうだ。バレエというのは、ラテン語で、小踊り、という程度の意味で、その原型は、イタリア・ルネッサンスにある。ここにおいて、古典が再生された際に、建築様式として古代のウィトルウィクスの幾何学構造が模範とされた。ただし、当時、この幾何学構造は、じつは魔術的なもので、東洋で言う風水に近い。また、レオナルド・ダヴィンチのウィトルウィクス的人体図で有名なように、この問題は、宇宙としてのマクロコスモスと人体としてのミクロコスモス幾何学的アナロジーという理論を伴っていた。このため、ルネッサンス時代のバレ(大バレエ)は、あの幾何学的建築物の広場やホールで人々が幾何学的図形に沿って踊り、そのことによって、そこに宇宙的なエネルギーを降臨させる、というものであった。

 この奇妙なバレは、フランスでドラマティックなバレエになると、その機械的な動き以外のほとんどが失われた。その一方、人体が骨格と筋肉からできていることが自覚されるようになると、19世紀に物理学的に身体を運動させる「体操」の概念がドイツで登場する。これに対抗して、チェコでは、「ソコル」と呼ばれる集団体操(マスゲーム)を発展させ、これが各国で、学校教育や軍事訓練に取り入れられていく。

 さて、話は戻って、末期アールデコとダダの境界時代だが、この時代の機械人間のイメージをよく見ると、手塚治虫の『火の鳥』に出てくるような、量産型ロボットではない。ソコルのような機械的で統一な動きなど、まったくできそうにもない。というのも、多くが半壊欠損ないし左右不統一な身体なのだ。バラバラになりかけた人体の立体解剖模型に似ている。それどころか、モチーフには、義手、義足が出てくる。それで気づいた。これはイメージではない。写真すら直接に撮られることの無かった、第一次世界大戦の戦傷兵士たちの実在像だ。

 第一次世界大戦の兵器は、殺傷力が中途半端で、死にまで至らない戦傷障害者を大量に作り出してしまった。四肢を切断したり、頭の半分を欠損したりした人が、大勢、帰還した。当時、まだ樹脂はない。そのため、義手、義足などは、金属で量産された。だから、無残な機械人間は、当時、ごく身近に実在した。

 ドイツ留学経験のある日本の軍医、森鴎外は、戦傷障害者と義手義足についてつねに関心を持っていた。そして、彼はゲーテの処女作『ゲョッツ』も翻訳する。鉄の義手を持つ騎士、鉄腕ゲッツ、あの鋼の錬金術師の原型だ。そもそも日本語の「鉄腕」などという奇妙な言葉自体、漢語ではなく、森鴎外がこの作品の翻訳において造語したものだ。まさにアールデコ末期の時代。

 医学生で映画マニア、ゲーテマニアの手塚治虫は、映画『メトロポリス』に心酔し、後に鉄腕アトムを描く。このアトムも、ひとつの統一有機的な機械なのではなく、首だの手だのが取れて平気で、簡単に交換可能な、無機的な部分の寄せ集め。まさにダダイズムだ。その後、日本では、合体変形ロボがはやるが、もともとロボットというものが、全身、義手義足の寄せ集めなのだから、パーツをはめたり外したりする方が、その原型をとどめている、ということになる。

 ところで、第一次世界大戦では、戦死者は戦地に葬られたが、第二次世界大戦になると、とくにアメリカでは、死体を帰還させるようになる。この際に、遺族に遺体を見せなければならない。あまりに無残な姿のままで返すわけにもいかないので、縫合して欠損を補う技術が発達する。ここから、形成外科が生まれ、ベトナム戦争の戦傷にも応用される。素材も、金属からシリコンや樹脂に変わり、切ったり、張ったり、別のところで作って、取ってくっつけたり、と、なんでもできるようになってくる。とくに欠損しやすい鼻は、再生術式が大いに研究された。

 ジョージ・ルーカスは、1944年生まれ。朝鮮戦争からベトナム戦争の時代に育った。もともと『地獄の黙示禄』を作ろうと思っていた人物だけに、『スター・ウォーズ』もまた、未来の宇宙の話のように見えて、当時の状況を色濃く反映している。知っての通り、ダース・ヴェイダーは、左手が義手、両足が義足、全身が火傷でただれ、自発呼吸さえもできない。まさにナパーム弾の巻き添えをくらって戦地から帰還した戦傷兵の姿だ。そのうえ、主人公のルーク・スカイウォーカーも、父のダース・ヴェイダーに右手を切り落とされる。だから、「ジェダイの帰還」では義手だ。ルーク・スカイウオーカーの、ルークは、ルーカスの愛称だし、ダース・ヴェイダーのファーダーいうのは、低地ドイツ語で、もともと父のことだ。ジョージ・ルーカスのの父親は、ドイツ系のクルミ農園のオーナーにすぎないが、いったいなにがあったのだろうか。

 同じ『メトロポリス』という映画に発しながらも、手塚治虫は、ロボットから、その生まれの暗いイメージを一掃し、科学の象徴にしてしまった。一方、ジョージ・ルーカスは、その素性の悲惨さと危うさをストーリーの中心に据えた。しかし、手塚でも、ロボットのおどろおどろしい素性を忘れたわけではなく、『どろろ』や『ブラックジャック』のピノコとして原型をとどめている。