ドイツの大学の人事

 今日は大学に行った。講義は来週からだと言うのに、直前に時間割の変更だとか。私の講義も昼から午前に変わった。教職課目と必修科目がかち合って、本部からクレームがついたらしい。

 それにしても、ドイツの大学も、いろいろ大変だ。マインツ大学には、日本人の留学生や、日本語のできるドイツ人学生もけっこう多く、ネットでもあちこちを見に来ているようなので、ここでも、あまり気を抜いて、詳しく話すわけにはいかないが、ドイツの映画学の大物教授が昨年の夏で定年退職となり、1年間、教授ポストのひとつが空席となっていた。それが、内部昇格ではなく、この秋から、外部から新しい先生がいらっしゃることになった。月曜に歓迎会をやるので、来てくれ、とのことだった。裏の事情を少し知っているので、人ごとながら、ためいきが出る。

 ドイツの大学自体が、いま、難しい状況にある。これまで長年、国家の指導層を養成する大学は、入学試験も原則として無く、授業料も無し、でやってきた。しかし、このために、留学生も増え、また、留年生もふえ、もはや学生管理だけでも限界に近い。つまり、学籍だけ持っていて、まったく大学に来ない、もしくは、大学に来ても、なにをしているかわからないような正体不明の連中が増えてしまった。

 そのうえ、組織が硬直して、少子化や学問分野の変化に対応しきれなくなっている。一部の学科では、教員や研究者は多いのに、学生がいない、という不均衡が生じている。さいわいマインツ大学は、メディアやスポーツ、芸術などの進取の分野にも重点をおいており、その問題はクリアできているのだが、それでも、これらの成長分野はもはやメインキャンパスの中に収まりきらず、学外に分かれ、時間割問題のように、本部との連携が薄くなってしまっている。

 それにしても、どこの国でも、どうして大学のポストやエリアは既得権化してしまうのだろう。今の時代には、もはや学生がつかない、というなら、その教員やその学科は、べつに、首にしろ、とか、廃止しろ、とか言うつもりはないが、せめて、もう少し隅っこの方に移ってくれてもいいのじゃないだろうか。それが、逆に夜郎自大に、新興分野にケチをつけるなんて、みっともないったらありゃしない。が、みっともないのが自覚できるくらいなら、学生が寄りつかないなんていうこともないのだろうが。

 そもそも、日本の大学という存在自体がどうなのだろう。ドイツの場合、大学(ユニヴェルジテート)と同格で、高等専門学校(ファッハホーホシューレ)があり、理論と実務と分離させている。日本の場合、大学が、実質的な就職予備校として、実務教育を重視するようになり、専門学校と学生を奪い合う状況だ。ドイツがそうならないのは、一般の企業において、実務能力だけでは管理職に昇格できない仕組みになっているから。管理職になるためには、大学で理論面を徹底して学習しなければならない。だから、日本の大学が、実学とか言って、理論研究を軽視すればするほど、その存在意義を失う。実務だったら、就職したこともないような大学の教員連中に習うより、企業の中でOJTでやった方が現実に即しているに決まっている。

 まあ、だれかが言って聞くようならば、こんな深みにはまってはいないだろう。それにしても、優秀な学生ほど、もはや海外の大学に逃げてしまう、という話はよく聞く。国内や学内で学生や教室の奪い合いをするより、世界に通用する国際競争力をつけることの方が急務だと思うのだがなぁ。