ドイツ統一記念日

 今日、10月3日は、比較的、新しい祝日。ドイツ統一記念日。今から約20年前の1990年、東ドイツが消滅した。

 1981年、まだ学生のころ、東ドイツを旅行した。西ベルリンへ行き、東ドイツ国営のライゼビューロー西ベルリン支店で宿泊と切符を手配。幸い、当時、日本は、東ドイツの優遇的友好国とされていた。アメリカ人や韓国人は、こんな旅行は、絶対に許されていなかった。東ベルリンへ地下鉄で入り、東マルクへ両替して入国。まるで社会主義のテーマパーク。人民宮殿では、数百円でフルコースが食べられた。その一方、デパートには、試着用の服しかなかった。スーパーに入るには、店の外でカゴが出てくるのを並んで待つ。そこら中に、衛兵が立っている。テレビドラマの『スパイ大作戦』のままだ。政治のことは知らないが、旅行者にとっては、とてもおもしろかった。

 外国人は珍しかったらしく、店に行けば、若者たちに話しかけられ、あれこれ聞かれた。彼らは、政治の話は慎重に避けていた。こっちは、ウソをつくのもなんなので、正直に日本の様子を答えたが、ケラーからあがれば、ベルリンでも、ドレスデンでも、ライプツィッヒでも、戦後数十年もたっているのに、そこにはまだ空襲による瓦礫の荒野が広がっていた。遠くに、異様な新築の団地が並んでいるだけ。直観的に、社会主義はダメだな、と思った。

 89年11月10日。あの年、テレビ局の中でCNNその他のニュースを追っていた。当時はまだ映像が少なく、繰り返しばかりだった。誰も近づくこともできなかった壁の上に人が登っていた。あとは祝祭ムードのまま、東ドイツは無くなった。

 しかし、こちらで、東側のフィルムを交えた当時のドキュメンタリーを見ると、そんな簡単な話ではなかった。89年春から東ドイツ国内ではデモが繰り返され、評議会議長ホーネッカーは武力鎮圧を断行した。しかし、そこにはもはや、ゴルバチョフによるソ連の支援はない。しょせん傀儡政権のくせに、独断専行した。足下をみすかされるのも、当然だ。そもそも政権中枢内部でさえ、シュタージ(国家保安省)長官からさえも見捨てられるほどの耄碌ぶり。現状維持にしがみつく老人支配国家の末路は、混乱を引き起こすだけだ。

 テレビでは、『グッドバイ・レーニン!』をやっている。日本で見たときは、ずいぶん無理な展開な話だと思ったが、実情を紹介するための糸と思えば、納得できる。

東への愛憎のないまじった望郷、オスタルジーの意味もわかってきた。イーベイでは、シュタージの時計や勲章が売り出されている。ボロ値にしかならない。自分が半生をかけて築いてきた名誉、地位、貯金、等々、そのメッキがはがれるとき、人は何を思うのだろう。

 しかし、壊れていくのは、東側だけではない。アメリカの夢、アメリカの金、アメリカの力。それは、東側諸国の幻想とまったく同じものだ。すくなくとも東側諸国は、長靴を作っていたが、リーマンは何も作っていなかった。アメリカという国そのものが、夢ばかりで、なにも生産していない国だ。世界のみかじめ料だけで、あの大国が成り立つほど、甘くはあるまい。

 それにしても、ドイツは平和だ。ドイツ政府は、あのリーマンに、つぶれる朝までカネをつぎ込み、アメリカ同様、金融機関もがたがたになっている。しかし、一般市民は、金融への依存度がきわめて低い。貯金もしないが、借金もしない。むだに資本主義や社会主義の夢も見ないし、失望もしない。ヨーロッパの銀行はアメリカに巻き込まれるだろうが、この街の生活に影響することは無いだろう。