ドイツの著作権は寛容だ

 じつはドイツには映画関係の書籍が多い。フランスもそうだ。だから、映画学が盛んだ。この背景には、著作権に対抗する引用権がある。

 日本の場合、発売期間の限られる雑誌は、映画会社が公開やDVDのプロモーションとして無料使用を認めている。だから、写真がいっぱいだ。その一方、書籍は、たとえ学術書であっても、映画会社が写真使用料として、大きさにかかわらず、1枚金3万円を請求してくる。これを避けて、どうにか目当てのシーンを使うには、川喜多記念映画文化財団に仲介を頼むことになる。その場合でも、そのほかに、権利者でもなんでもない第三者のくせに、うるさく横からつつき回す有象無象がいる。もちろん川喜多財団の存在意義は評価するが、こういう仲介要請の必要が慣習化していることはじつに不明朗ではないだろうか。だから、だれも、ややこしい話には関わりたくないので、だれにも言われない最初から、写真はやめときましょう、ということになる。

 これに対して、ドイツの著作権法UrhG51条の引用権というのは強力だ。日本では、無断転載を禁じます、なんて、よく勝手に書いてあるが、ヨーロッパでは、著作権と対抗する引用権が法的に認められている。つまり、公表した以上は、引用としての転載を禁じる権限など、著作権者にはありえない。たしかに、著作権者がDVDなどにプロテクトをかけるのは認められ、それを勝手に解除するのは禁じられているが、しかしその一方で同時に、そういう著作権者は、正当な引用者に対しては、そのプロテクトを解除する手段を提供する義務を負う。

 もちろん、ここでの問題は、それが引用か、再販売か、ということだ。自立した著作物の中への引用であれば、こっちでは、引用される作品の全体でさえもかまわない、つまり、いわゆる大引用も認められる。実際、絵画や写真は、むしろ基本的に大引用にならざるをえまい。(とはいえ、自立していない著作物、つまり、実質的な再販売は、もちろんダメ。編集著作物(とくに検索サイトなど)は、たんなる寄せ集めか、それとも、独自の編集著作性があるか、今日、大いに議論になっている。

 日本にも、著作権法第32-48条で、引用の許容範囲が細々書かれているのだが、これは実質的に著作権の例外規定にすぎない。現実においても、これらの条項が守られているとは言い難い。つまり、公表著作物に対する引用権という概念そのものが、日本の法体系には欠落している。これでは、繁華街でショバを争っていたヤクザのゴロマキ連中が、戦後、芸能界だの、ジャーナリズムだのに移住したのも当然のことだ。やいやい、だれに断って、ここでこんな商売してやがんだぁ、ごらぁ! だが、まあ、オレがうまく納めてやるから、うんぬん。。。ともというわけだ。

 こんな状況で、画像引用が不可欠な映画学や表象文化論が日本で盛んになるわけがない。電気業界とつるんで、わけのわからんことをやっているうちに、こんな遅れた日本の著作権法では、世界の潮流から取り残されてしまう気がする。