アカデミック・クォーターという慣習

 ドイツ語では、アカデミック・フィアテルと言う。昨今、これがけっこうややこしい。クォーターとかフィアテルというのは、4分の1という意味だが、これは15分のことだ。

 ヨーロッパの大学では、2時間1コマになっている。それも、単純に9時~11時、11時~13時、13時~15時というように書かれている。が、現実に、これでは教室移動もなにもあったものではない。こんなことが可能なのは、アカデミッククォーターがあるからだ。つまり、実際の講義は、9時15分に始めるのだ。

 ああ、それだけか、と思うかも知れないが、ここからがややこしいところだ。講義というのは、各教授の時間だ。好きに分配できる。このため、9時15分に始めて、10時に途中休憩に入って、学生と雑談し、10時15分から再開して11時に終わる、というのが、一般的なパターンらしい。ところが、先生によっては、9時15分に始めて、そのまま90分、続けて講義し、10時45分に終わる先生もいる。さらには、アカデミッククォーターを嫌って、9時ちょうどに始めて、10時半に終わる先生もいる。また、9時半に始めて、11時に終わる先生もいる。いずれにせよ中味は90分だ。

 これを見分けるため、ヨーロッパの大学の時刻には、c.t. とか、s.t. とか書かれている。c.t. は、15分遅れ、s.t. は、時間通り(まれに、30分遅れ始まりの時間通り終わり)ということを意味する。

 この2時間1コマ、ただし正味90分、というのを、日本の大学が取り入れたから、さらにややこしくなった。一般に日本の大学では、1コマ90分でも、半期で2単位になる。これは、もともとは、このアカデミッククォーターを見込んでのことだ。ところが、この元の制度を知らない連中が、時間割をぎしぎしに詰め込んで、一日、5限とか、6限、7限、8限まで、組み上げた。こうなると、理屈が通らないので、文科省は、1コマは1単位相当の受講と1単位相当の自習を含む、とか、言い出した。欧米ならともかく、日本に、そんな殊勝な大学生なんかいるものか。教科書も持ってこない、というか、買ってもいない、というか、あるのも知らない学生がいるというのが現実だ。もっとも、世間で売れないような本を教科書として学生に売りつけて、小銭を稼ぐヘタレ教員、それをけしかけるヘタレ出版社も、ロクなものではないが。

 本来は、2時間だから2単位で、学生は、自習を自分で何時間でもやって当たり前だろう。まして、教員も、講義時間の何倍も、講義内容の練り上げと教材の作り込みに時間をかけて当たり前だろう。どこぞの三流教員が寄せ集めで書いた三流出版社の本を教科書にして講義をするような、そんなオリジナリティの無い教員は、給与泥棒だ、と思う。

 もっとも、無能な教員にかぎって、やたら人の本のコピーの配布資料ばかりが多いものだ。しかし、講義の合間の15分の雑談めいた質疑応答でも、的確な指導ができてこそ、大学人というものだろう。だから、私は、そのために、ふだんから自分のノートパソコンに、講義では使わないような小ネタもいっぱい集めている。手品のようにパッと出すが、こんなの、偶然でできるワザではない。