本郷のイスラーム学

 本郷の続き。とにかく当時は、「軽チャー」だとか言って、フランスの高校水準のわけのわからない哲学用語の翻訳本での聞きかじりを他学科の連中がやたら使いたがって、原書でまともにやっている哲学科の学生としては、まったくわけがわからなかった。哲学科にしたって、本郷と百万遍、そして八雲以外は基礎語学力が落ちてめちゃくちゃで、某KO大学の哲学科のやつが、うちのゼミではいま「Time and Being」を原書で読んでる、と言ったんで、一同、ぶっとんだ憶えがある。

 で、先述のように、本郷でも、教員も学生も、半分くらいはその路線に便乗し、やたら饒舌になった。その一方で、半分くらいは深淵臥龍となった。なにより深かったのが、1982年第一類(文化学)にできたばかりのイスラーム学だった。学生1人に教員2人みたいなすごい学科で、友人が受講する、というから、もう一人の友人と付き合いで出席していた。だから、広い教室(ふつうの教室だが、やたら広く感じた)で、前の方に座る学生3人だけの講義だ。

 まあ、つきあいだから、くらいのつもりだったのだが、これがおもしろい。しょせん入門者で、アラビア語だのペルシャ語だのまで読めるようにはならなかったが、カタカナないしローマ綴りにしても、その思想世界は新たな発見がいっぱいだった。

 そもそも、イスラーム学科は、第三類ではなく第一類だった。つまり、語学や外国文化としてではなく、哲学思想として設置された、ということだ。読んでる本にしたって、井筒俊彦だの、中村廣治郎(この人が先生)だのだ。もちろん最初は『クルアーン』からではあるが、めざすところは、イスラームの神秘思想の理解だもの。

 神秘思想のたぐいは、ヘルメスとかエックハルト、神仙思想や真言密教、等々で、ある程度は展望があったつもりだが、イスラームのはかなりタイプが違う。まあ、神人合一なんて言ってしまうと簡単そうだが、そんな話ではない。一般に神秘思想は、閉鎖カルト化(そう言えば柳川先生にも習ったなぁ)するのだが、スーフィーイズムは、むしろ宗教開放の方向に働いた。井筒先生が禅からスーフィーイズムにのめり込んだ理由はこれだ。しばしばダルヴィーシュスーフィーの僧)は、浄土教の念仏僧ようなものと言われるが、神威破戒的な禅僧のような大胆さこそが魅力だ。その教えは、きわめて平易な寓話で語られる。が、深い。いきなり核心を突く。

 こんなのだから、ダルヴィーシュは、書かれた字句の解釈に拘泥する形式主義的なスンニ派原理主義とは相性が悪い。地上の権威による解釈など、小指の先でひっくり返す。で、やたらダルヴィーシュを死刑にしたのだが、スーフィーは根強い。民衆は、原理主義には逆らえないが、心情はダルヴィーシュを待望している。まあ、カリスマ的天才肌と官僚的秀才肌の違いか。

 アメリカは、空港から駅まで、まるで前科者扱いだ、二度と行きたくない、と、ムスリムの友人が怒っていたが、世界は、イスラームに関してあまりに勉強不足だろう。近年、ハングル語だの現代中国語だのが大学における基礎外国語になったが、正直、学問的にどれほどの意味があるのだろうか。チンケな卒業旅行か。当然あってもいいが、みんなで大学やるような語学か。こんなの世間の語学学校でやれよ。歴史文化的な広がりを考えれば、大学としてはアラビア語の普及の方が急務だろ。私もきちんと習いたい。てなことを言ったって、ラテン語だって、最近は、教員もできない連中ばかりだものなぁ。やはり思想性のかけらもない工学系実務学科まで東大が学部扱いにしたのが根本的な間違いだったのかなぁ。海外だと、ああいうのは、きちんんと学位も別なんだけどねぇ。