一高的教養主義と長尾龍一先生

 続いて、駒場時代の思い出。もちろん多く先生方にお世話になったが、中でも長尾龍一先生は、大学人としての学問の取り組み方に大きな影響を受けた。

 御専門は法哲学なのだが、それは法の存立するところの学問だから、いわゆる法学などではない。むしろ法以前の世界での法の必要性と有効性を考える、というわけだ。だから、というわけではないだろうが、古き良き一高的なヒューマニズム的教養の広大な気風を持っていらっしゃって(もちろんそんな年代ではないだろうが)、それが狭い分科学の職人のような、その他の多くの先生方との違いを強く感じさせた。

 その後にお建てになった御自宅にもおじゃましたことがあるが、コンクリ基礎を固めて床を抜けないようにした書庫がある。そこにある本の分野の範囲たるや、半端ではない。それも、雑本ではなく、かなり厳選された良書ばかりだ。

 もちろん教養人、大学人とはいかなるものか、を体現させれいらっしゃる先生は、駒場には少なくなかった。たとえば、小林善彦先生は、仏文の大家だが、それ以上に、そのよって立つところの大きさは、古典的教養だった。荒井献先生も、あのようなテキストクティークができるのは、それ以外の既存の種々の資料に精通し、かつ、表層の知見のみによらず、人間的な物事の本質を見抜く深い敬虔さがあればこそだろう。

 困ったことに、当時、やたら軽い思いつきをマスコミに乱発する流行教養主義とそれに嫉妬反発する伝統教条主義駒場の中で激烈に対立し始め、古い伝統教養主義の先生方は研究室に引き籠もって、わかる学生のみにしか教えない、話したくない、それでかまわない、ということになってしまった。まあ、だからこそ、私のようなものが、あちこちで先生方の話をゆっくり伺う機会が得られたのだが。

 ひとことで言って、一高的な伝統教養主義とは、深く掘るには、まず広く掘れ、さもなければ、学問のタコツボに陥る、という教えだ。傍目から見ていると、最初のうちは、どこを掘ろうといしているのか、わかるまい。しかし、学問は、先生にほめられるためにやるものではあるまい。古今の先人たちと向き合い、以後の後輩たちに伝え残す。この上下2つの円錐からなる砂時計のような学術伝承の構造の焦点にあって、むしろ真横の同時代の人々とは交差するところはないのは当然であろう。