学会発表に行く

 いやいや、疲れた。昨日まで東京で学会だった。なにしろ前後の大学の日程はたて込んでいるし、飛行機の都合もあるので、時間に余裕がない。それでもなんとか人の発表を拝聴し、自分の研究も発表してきた。

 文系の学会は、それぞれクセがある。昨日まで行ってきたところは、なぜか発表は若手が多い。年配者は、まるで卒研の講評のような「質問」をする。それどころか、大御所は理事控室でずっと雑談をしているらしい。一方、ある別の学会では、年配者しか発表しない。若手のくせに発表しようなどとはおこがましい、という威圧感が漂っているが、ほとんどの発表が、話にまとまりがないことの言いわけで終始する。

 年配も、若手も、対等の一研究者として、互いに研鑽してこその学会だと思うのだが、日本の文系研究者の学閥体質や年功序列のせいで、こういうことになっている。では、論文のように、匿名審査ならいいのか、というと、これはこれでまた、人間としての礼節すらもないデタラメな罵倒だの、攻撃だのを書く審査員が出てきてしまう。

 人のことはさておき、自分は学会において、年配も若手も無く、ましてや勝った負けたも無く、自分の知らないことを知りたいと思う。また、研究の中で自分が気づいたことについて他の人の見解を聞きたいと思う。しかし、自分のいまの大学のように、分野的にも地域的にも孤立しているところではなかなか思いどおりにはいかない。そのうえ、こうして学会に行くのすら充分な時間がないのでは、なんとも言えない残念な状況だ。

 いやいや、疲れた。昨日まで東京で学会だった。なにしろ前後の大学の日程はたて込んでいるし、飛行機の都合もあるので、時間に余裕がない。それでもなんとか人の発表を拝聴し、自分の研究も発表してきた。

 文系の学会は、それぞれクセがある。昨日まで行ってきたところは、なぜか発表は若手が多い。年配者は、まるで卒研の講評のような「質問」をする。それどころか、大御所は理事控室でずっと雑談をしているらしい。一方、ある別の学会では、年配者しか発表しない。若手のくせに発表しようなどとはおこがましい、という威圧感が漂っているが、ほとんどの発表が、話にまとまりがないことの言いわけで終始する。

 年配も、若手も、対等の一研究者として、互いに研鑽してこその学会だと思うのだが、日本の文系研究者の学閥体質や年功序列のせいで、こういうことになっている。では、論文のように、匿名審査ならいいのか、というと、これはこれでまた、人間としての礼節すらもないデタラメな罵倒だの、攻撃だのを書く審査員が出てきてしまう。

 人のことはさておき、自分は学会において、年配も若手も無く、ましてや勝った負けたも無く、自分の知らないことを知りたいと思う。また、研究の中で自分が気づいたことについて他の人の見解を聞きたいと思う。しかし、自分のいまの大学のように、分野的にも地域的にも孤立しているところではなかなか思いどおりにはいかない。そのうえ、こうして学会に行くのすら充分な時間がないのでは、なんとも言えない残念な状況だ。